前橋映像祭2020 は2020年10月17日〜10月25日に無事に開催し、終了しました。参加いただきありがとうございました! 

 

10月17日(土)

19:00 〜 20:00 前橋映像祭2020 オープニング

出演: 前橋映像祭2020 実行委員会

​パフォーマンス:

「Camara」ユニ・ホン・シャープ(前橋映像祭2020参加作家)

 

 

10月24日(土)

15:00 〜 17:00 参加作家ラウンドトーク DAY1 

出演: 前橋映像祭2020参加作家のみなさん

​司会・進行: 前橋映像祭2020 実行委員会

前橋映像祭2020に参加してくれた作家のみなさんとのラウンドトーク

セッションを行います。

18:00〜 19:00 前橋 ⇄ 原爆の図丸木美術館

ゲスト: 岡村幸宣(原爆の図丸木美術館学芸員)

出演:

白川昌生(アーティスト、前橋映像祭2020実行委員長)

藤井光(アーティスト、前橋映像祭2020実行委員)

吉澤弥生(社会学者、前橋映像祭2020実行委員)

居原田遥(キュレーター、前橋映像祭2020実行委員)

20:00 〜 21:00 前橋 ⇄ ロンドン(アートアクションUK)

ゲスト:

川久保ジョイ(アーティスト)

本間かおり(アーティスト、アートアクションUK)

出演:

白川昌生(アーティスト、前橋映像祭2020実行委員長)

木暮伸也(アーティスト、前橋映像祭2020実行委員)

毛利嘉孝(社会学者、前橋映像祭2020実行副委員長)

清水知子(文化理論、前橋映像祭2020実行委員会)

 

10月25日(日)

15:00 〜 17:00 参加作家ラウンドトーク DAY2

出演: 前橋映像祭2020参加作家のみなさん

​司会・進行: 前橋映像祭2020 実行委員会

前橋映像祭2020に参加してくれた作家のみなさんとのラウンドトークセッションを行います。

18:00〜 19:00 前橋 ⇄ 鳥取

ゲスト: モリテツヤ(汽水空港店主)、中森圭二郎(元映像作家)

出演: 

白川昌生(アーティスト、前橋映像祭2020実行委員長)

福西敏宏(前橋文化計画副代表、前橋映像祭2020実行委員)

佐藤良明(アメリカ文学、前橋映像祭2020実行委員)

井川友香(喫茶ミラクル、前橋映像祭2020実行委員)

19:00 〜 前橋映像祭2020 クロージング 

出演: 前橋映像祭2020 実行委員会

主催・企画 

前橋映像祭 2020実行委員会 (白川昌生、毛利嘉孝、佐藤良明、清水知子、木暮伸也、福西敏宏、藤井光、吉澤弥生、井川ゆか、居原田遥、他)

Philippos Kappa「C19」 (2020, 2min)

次の作品は、COVID-19が現在惹き起している状況を社会的に考察して制作した隠喩的な動画です。 現在社会に組み込まれているシステムの脆さを掘り下げています。 作品中の音は、COVID-19患者が呼吸している時の肺を、医療用録音装置で記録したものです。スローモーションのビジュアルは、上下に重なり合って倒れた人々です。お互いから受ける圧迫から逃れようとしながら、呼吸しようともがいています。 作品の元の映像はアーカイブ資料で、それを私が処理しました。だれ、どこ、いつ、そしてなぜ、がイメージから取り除かれる時、停止したイメージが新しく浮かび上がります。イメージが生きている空間を明確に示すには、物理的空間から切り離す必要があるのです。

Philippos kappa is a visual artist working mainly with video art. He approaches art as a metaphorical social examination. His work explores the interconnections between image and data and investigates how data influences the understanding of the visual representation, as well as how changes in the twenty-first century, such as mass media and the vast amount of information, transform the way we see and interpret the visual word.

 Kappa was born in Athens, Greece. He studied at Middlesex University, BA. Fine Art, Central Saint Martins, MA. Fine Art in London, UK. He has participated in more than 50 exhibitions and festivals around the world, and today he is a researcher at Tokyo Geidai at the GA program.

 

加藤康司「国家を歌おう!」

本作品は、日本、韓国、イギリス、フランスなどの人々が国歌を歌う音声と、その字幕とを組み合わせた作品である。それぞれの国歌は、歌う主体によって真剣さや軽薄さ、 敬度(けいけん)さや奔放さといった様々な印象を聴く側に与える。また同時に、翻訳された歌詞の字幕はそれぞれの歴史的な物語を提示する。国歌を歌う彼ら/彼女らの体は、 国の理念を表象する身体と、 個人の日常的な身体との間を行き来し、 国民という存在を各文脈から宙吊りにする。

藤康司 1994年生まれ。2016年弘益大学校(韓国)交換留学。2017年多摩美術大学美術学部卒業。現在東京藝術大学大学院グローバルアートプラクティス専攻在籍。主に映像作品を制作し、さまざまな政治的、社会的問題と自身との関係性を模索する。またそれを通して、自己と他者との権力構造を探求する。  主な展示に「地に結ばれたる者」 (北千住BUoY: 東京、2019)、「Barrak: survibes Bangkok Biennial 2018」 (ホワイトライン: バンコク、2018)、「Openness? : 自由を手に入れるための方法」 (特火点 | tochka: 東京、 2018)など。

 

 blender233a「 初撮り熟男ドキュメント マスクを脱がさないで 健一さん42 歳 」(2020, 2min.)

 アフターコロナの時代、人がマスクをつけ続けることが当たり前になった時代におけるアダルトビデオ。マスクはやがて未来のブラジャーになる。 

blender233a UI デザインの仕事をしながら、Web を拠点にインターネットと笑い、テレビ、AV などのカルチャ ーをミクスチャーさせる作品を制作しています。

ポートフォリオサイト   https://blender233a.tokyo/

音声のみでナビゲートするWebサイトです。お使いのデバイスの音量をオンにしてください。iPhoneからアクセスする場合はマナーモードをオフにしてください。

 

中島りか「なぜ何かがあるのではなく何もないのか」(2020, 8min.)

50年前に日本を訪れたロラン・バルトは、東京の中心は「空虚」であると言った*2_。バルトの言う中心とは皇居を指しており、バルトの考えた日本的記号論は、空虚で成り立つというのだ。1952年を境に皇居前広場(現・皇居外苑)は使用制限がかけられ、現在もデモの集会場として使われることはない。50年経っても変わらないその場の静けさは、現代の日本における公共空間の静けさと重なり、バルトのいう「空虚」を今でも指し示しているようである。《なぜ何かがあるのではなく何もないのか》には、香港で行われていたデモの様子をSNSなどのメディアで追っていた作家が、自分がいる空間と共有する空間の差異に違和感をもつようになった心境が映し出されている。作家は2019年12月に香港を訪れ、国家安全維持法反対デモに参加した。その時に見た香港の都市部を埋め尽くす群衆の光景と、その1ヶ月前に日本で見た、天皇即位式パレードを見るために道を埋める群衆の光景という、作家自らのスマートフォンで撮影した異なる2つの動画を照らし合わせながら、スマートフォンを通して見た世界や個人から発信される情報の、現代社会における意義を問いかける。[*2_出典:ロラン・バルト著、宗左近訳『表徴の帝国』筑摩書房、1996年]

中島りか ロンドンのChelsea Collage of ArtsにてFine Artsを学び、2019年から東京藝術大学大学院に在学。公共空間における文字や記号が人々へ与える共通認識、個人と集団などの共存と対立を浮き彫りにさせる、サイトスペシフィックなインスタレーションやパフォーマンス、写真・映像作品を制作する。

 

PIOTR BUJAK「RED IS BAD」(2018, 15min.)

For-camera performative-action based on a mastershot documentary-style cinematography, drawing from the fact of almost identical Polish and Japanese national colors,, a bit different symbolic meaning of white pigment and the commonness and universal comprehensibility of the same NO ENTRY road sign in both cultures. The piece targets isolationist migration policies and growing xenophobic sympathies in Poland as well as in Japan, which got highlighted even more in the wake of the Covid-19 pandemics.

PIOTR BUJAK Piotr Bujak Born in 1982 in Bedzin, Poland. Graduated Jan Matejko Academy of FIne Art (2009) and San Francisco Art Institute (2012) where he studied with Lynn Hershman and Stephanie Syjuco. Currently a PhD candidate at Tama Art University in Tokyo, Japan at Akihiro Kubota’s lab. Fulbright Graduate Award grantee 2010-2012 and Japanese Government Scholarship 2017-now recipient.

Interested in how contemporary art methodologies can contribute as a valid alternative mode of scholar inquiry to a debate about such problems as wealth, manipulation, misrepresentation, evanescence, void violence, safety or fear in the context of consumerism, technological progress and globalisation. His practice, rooted in beatnick poetry as well as in avant-garde minimalism and sublimity, ranges from and combines time-based media, staged-for-camera performances, installation, sculpture, digital print, found objects, interventions, and vandalism. Coming from radical stands, in his art and research work he mainly employs low-budget, quick-and-dirty, do-it-yourself, hit-and-run and creative recycling strategies.

 

小野田賢三「The Over Drive Show」(2020, 4min49sec.)

小野田賢三の主催のする、スラッシュマエバシプロジェクトで開催されているシリーズのうちのひとつで、演劇的な要素を備えた、エレキギターによる演奏会の模様です。

小野田賢三 1961年前橋生まれ、在住。通信会社にて設備の設計や建設に関わり、40才にして美術活動を開始しました。

 

ムラカミロキ MurakamiLoki 「Whole Globe Canaria」(2019, 5min.)

球体が回転し、光の当たる面と影になる面で昼と夜が作成される。傍から見れば単純な現象が起きている小さな話だが、その中の世界はやはり広いから面白い。

The Sphere rotates, and day and night appear in the light and shadow surfaces. It's just a simple phenomenon, a trivial one. But the world at that Globe is large, and that's why it's so interesting.

ムラカミロキ ライブやらないパンクバンド「テープ・リール・フール」、自主制作映画共同企画「NO波」などに参加。現在はデジタル・アナログを横断する映像作品制作と、アコースティックギター弾き語り、ノイズボイスパフォーマンスなどを主に行う。

Participation in, Experimental Pop Punk Band “ Tape Reel Fool “ , United Independent Cinema Project “ No-ha “ . Analog and digital movie production, Japanese folk song singing, Noise voice performance, and more. http://www.nzchao.com/

 

濱本彪「自宅で起きたポルターガイストの再現」(2020, 5min.)

自宅で起きたポルターガイストの再現映像。

僕は幼少の頃から、心霊現象を体験してきました。幽霊や宇宙人などを強く信じていた母の影響もあり、何の疑いもなく、このような現象はそのような神秘的領域が関係しているのだと思っていました。しかし、大学生になったある時、友達に家で起きたポルターガイストの話をしたら、そんなの嘘だ、ありえないと言われてしまいました。僕はすぐにポルターガイストについてググってみました。すると、近年のポルターガイストに対する解釈は心理学的、科学的なものが多いことを知りました。

それ以降、ポルターガイストは霊的な影響ではなく、精神的な問題なのかもしえないと考えることが多くなってきました。しかし、そのように捉えても、ポルターガイストや幽霊を目撃すると、尋常じゃない緊張感に襲われてしまいます。

濱本彪  22歳男、静岡県浜松市出身、群馬県在住。

 

素潜り旬「poesy/tell me」(2020, 6min.)

-この45秒間、俺は⼈⽣について考えている-

役者で詩⼈でもある素潜り旬と、その弟映画監督の中村雄⼤、中村兄弟による短編映画。

出演は素潜り旬の幼なじみ⼭奥億夫と中村兄弟⾃⾝。

素潜り旬 『菊とギロチン』『素潜り旬探偵事務所』ほか公開予定作多数。詩⼈として『詩集・回転⽊⾺』まえばし猫町フェスティバル2019では萩原朔太郎記念館・蔵でポエトリー・リーディング。

 

Rumiko Hagiwara「I want to be a shell」(2019, 34min.)

Upon hearing the story of how an ordinary Japanese seashell transformed into one of the most familiar commercial symbols in the world, I set out to retrace its journey. Central to my narrative of the shell is how it lost its shadow – as the logo became more modern it transformed from a shapely shell to a flat image. Ironically, when Japanese were learning Western painting techniques they added shadow and shading to their traditional flat images. Along the way, the shell became my shell, carrying my personal reflections on cultural (mis)translations as a Japanese person who has settled in the Netherlands. My confused and confusing attempts to return the shell’s shadow, lost during the voyage of industrial design, speaks of our complicity in the capitalist world we live in and the futility of claiming fixed origins.

Rumiko Hagiwara is an artist based in Amsterdam. Her conceptual art practice utilizes site-specific installations, photos, videos and performances. Her works aim to twist points of attention and value on ordinary phenomena from her cross-cultural perspective, often resulting as humoresque poetics of the ordinary.

http://rumikohagiwara.com/

群馬県安中市出身。2004年東京造形大学卒業後に交換留学制度を利用して渡蘭、2008~2009年アムステルダムのライクスアカデミーに参加。現在もアムステルダムを拠点に活動している。萩原の作品制作は、日常生活で見かけられるありふれた物事や不合理をあえて強調することや、偶然的に遭遇した物事を素材にすることによって構成されている。最近は、日本人としてヨーロッパに身を置く上での経験から生まれる疑問や文化の差異を題材にしている。これらの日常への介入行為は、多様なフォーマット、写真、ビデオ、サイトスペシフィックインスタレーション、パフォーマンスなどに記録されることによって作品化され、微妙な、そして時に遊び心のある詩的表現へ変換される。http://rumikohagiwara.com/

 

okamotonoriaki「HERE/THERE」(2018, 22min.)

2018年。友人達に「あなたの住む街の風景を撮影し、送ってほしい」というメールを送った。

世界各地から約90本の「各々の視点」が手元に集まった。そこにはどこか愛おしい、飾りのない日常が収められていた。

自分の視点もそこに加え、1つの組曲を制作した。同時に映像にもまとめた。

「バラバラの時間軸を一本のタイムラインにまとめる」そんな作品が完成した。

 

撮影や演奏の為に各地に飛び、そこにある日常をふと見つめる。

そんな活動を続ける中、そこに愛おしさを感じるようになった。

どこにでも、誰にでも、日常は存在する。しかしその日常は変化し続けている。

2018年に制作されたこの作品の中の日常も、既に別世界の出来事に見える。

繋がりあい、共有することが可能なこの時代。

「どこかに存在する日常」を意識することは悪いことではないと思う。

okamotonoriaki 1983年生まれ。群馬県高崎市在住の映像作家・音楽家。映像と音楽を用いた表現を、様々な分野で発表している。アジア各地でのパフォーマンスや、音源のリリース、展示やクライアントワークの制作など活動は多岐にわたる。https://www.okamotonoriakiaudiovisual.com/

 

田田野「私の家族」(2017/2018, 3min.)

仲良し親子三人の小旅行の物語です。私の家族は普通の家族の様ですが、他とはちょっと違っているんです…

田田野 美術好きの、ただのおっさんです。

 

鶴留一彦+森秀信 Kaz Tsurudome + Hidenobu Mori「KANMON 8」(2020, 12min.)

鶴留一彦+森秀信は2人のアーティストによるユニット。

本州と九州をつなぐ関門海峡は古来より重要な航路であり、早鞆瀬戸(はやとものせと)とよばれる最も潮流の激しい水道に関門大橋が架かる。「KANMON」は、2人による関門海峡を通してみえる交通社会、都市、観光を映像にしたシリーズ作品。

関門海峡を挟んだ、門司レトロ灯台、下関市あるかぽーと東防波堤灯台での2人の静止したようにみえるパフォーマンスの映像作品。

鶴留一彦+森秀信 北九州在住のアーティスト 鶴留一彦と森秀信の2人によって、2011年の宇部アンデパンダン展を機に、「KANMON」シリーズの作品を展開。近年では山口現代芸術研究所(YICA)でのグループ展の発表のほか、北九州のギャラリーSOAPでの2014年、2016年、2019年の「KANMON」シリーズの展覧会、山口県宇部市でのまちじゅうアートフェスタ2017「ダスト・イズ・マネー」展に出品。

 

敷根 功士朗 Koshiro Shikine「Stay with me: Journey」(2019, 8min.)

私の友人(撮影時はほとんどが初対面であった)の顔を惑星や星系に見立て、その惑星に住む人のことや生活について、おじいちゃんとその孫が会話をしながら宇宙旅行をしていく映像作品。
道中、二人は話を広げようと試みるものの、ジェネレーションギャップの大きさからか、なかななか上手くいかず、最後には孫は退屈し、眠くなってしまう。
お互いに心を許し合う二人の会話の中に垣間見える小さな齟齬やエゴを通し、自己と他者との関係性を考える試み。

敷根功士朗 Koshiro Shikine 1993年生まれ。現在は東京を拠点に活動している。
映画、映像、パフォーマンス、彫刻など複数のメディアを用い、自己言及的なナラティブやイマージュと即物的な視点の相互間における思考の反復行為を行い、作家自身とそれを取り巻く社会、環境との関係性の表現を試みている。

 

吉田孝行 Takayuki Yoshida「アルテの夏  The Summer of Arte」(2019, 16min.)

かつて炭鉱で栄えた町の山の中にある閉校となった小学校の木造校舎。その一部は現在も地元の幼稚園として利用されている。この町で生まれ育った彫刻家を中心に閉校となった学校施設を芸術広場として再生する取り組みが行なわれている。自然と人と彫刻が融合した安らぎの空間。広場にある水路や池で水遊びをして過ごす子ども達のある夏の一日。

吉田孝行 Takayuki Yoshida 1972年北海道生まれ。映画美学校で映画制作を学ぶ。映画とアートを横断する映像作品を制作、これまで30か国以上の映画祭や展覧会で作品を発表している。近作『ぽんぽこマウンテン』(2016)が20か国以上、近作『タッチストーン』(2017)が10か国以上の映画祭に選出されている。イラク北部クルド自治区で開催されたスレイマニヤ国際映画祭2017で審査員を務める。近作『モエレの春』(2019)がインドのコルカタ国際映画祭など、近作『アルテの夏』(2019)がイタリアのラチェノドーロ国際映画祭などに選出されている。共著に『アメリカン・アヴァンガルド・ムーヴィ』(森話社 2016)、『躍動する東南アジア映画』(論創社 2019)など。

 

Yuni Hong Charpe「Camara」(2015(French version), and 2020(Japanese version), 15min.)

※ この作品は10月17日(土)19:00〜にライブパフォーマンスとして行われました。

1960年代、モーリタニアよりフランスへ移住したワグル・カマラと、同じく日本からの移住者であるウエダ・マキコへのインタビューを元に作られたレクチャーパフォーマンス。

それぞれの母国語から来るアクセントにより、お互いの話すフランス語を完全には理解できないことがあるにも関わらず、二人は30年来の友達である。作品は、この二人の関係に触発され生まれた。パフォーマンスではカマラの辿った人生が、二つの視点から語られる。

Yuni Hong Charpe 東京都⽣まれ。アーティスト。フランスと⽇本で制作を⾏う。パフォーマンスを中⼼とし最近では映像も作っている。しかし映像酔いしやすいのが弱点。ダンスとヴィジュアルアートの間を漂いつつ、記憶と現在との複雑な結びつきを探る。2020年度KPAC リサーチ⽀援型共同研究プロジェクトにおいて「レクチャーパフォーマンス制作とその翻訳に向けて:崔承喜をめぐるダンスとことば」というテーマでリサーチ中。 http://www.yunihong.net

 

山本高之「Talking about history from the passenger’s seat.」(2019, 12min.)

3名が車の助手席で宇宙誕生から最近までに起こった出来事を思いつく限り話す。

山本高之 1974年愛知生まれ。小学校教諭としての経験から「教育」を中心テーマのひとつとし、子供のワークショップをベースに会話や遊びに潜む創造的な感性を通じて、普段は意識されることのない制度や慣習などの特殊性や、個人と社会の関係性を描く。近年は地域コミュニティと協働して実施するプロジェクトに多く取り組んでいる。主な展覧会に「Go Betweens: 子どもを通して見る世界」(森美術館ほか2014-2015)、コチ=ムジリス・ビエンナーレ(インド2016)「平成と縄文のあいだ」(京都造形芸術大学芸術館 2019)など。近著に『芸術と労働』(共著、白川昌生+杉田敦編、水声社2018)

 

couch「Nevermore」(2020, 12min.)

Nevermoreは映像のクロマキー効果を援用して、コロナ禍により現在世界中で失われてしまったありきたりな日常の光景を、絵筆一本で原寸大に文字通り「描き戻す」プロジェクトである。
現在、私たちの「現実」には、仮想現実—巨大なデジタルプラットフォームが深く入り込み、その広さ、深さ、そしてその密度を加速度的に増している。コンピュータによって私たちが頻繁に再確認させられる、様々な技術の複製可能性/複製不可能性、可逆性/不可逆性、瞬間性/永続性、それらが物質的現実と交差したものが私たちの目に触れている「現実」である。Nevermoreは、このような私たちの現実におけるイメージの力・装置性を端的に形象化する。この作品はまた、この世界—あらゆる事象がメディア化される世界—における私たちの記憶や想像のかすかな始まりはどのような姿か、それらが立ち現れてくるところまで世界を露呈しようとする試みでもある。

助成:
公益財団法人 小笠原敏晶記念財団
公益財団法人 パブリックリソース財団 コロナ給付金寄付プロジェクト 文化・芸術・スポーツ分野助成金
横浜市文化芸術活動応援プログラム

couch 宮﨑大樹・浅尾怜子によるアーティストデュオ。ものづくりの初源的・発見的方法を検証する作品やプロジェクトを展開する。政治、経済、歴史のような巨大な事象に、個人がアートで働きかける方法を追求している。2020年10月よりKunstuniversität Linz(リンツ/オーストリア)リサーチフェロー。

近年の主な展覧会:
18th Media Art Biennale WRO(WRO Art Center/ブロツワフ、ポーランド 2019)、MeCA/Media Culture in Asia(国際交流基金アジアセンター/東京 2018)、Festival Scopitone(Stereolux/ナント、フランス 2017)    

 

高橋宏忠「Beat master X」(2015, 3min.)

木槌で金槌を叩くパフォーマンスのビデオです。

​ぼくは強度が弱いだろうと思われる木槌を手に金槌を打ちます。

高橋宏忠 1976年 東京生まれ。2016年 美学校修了後、立体やビデオ、など様々な形態で表現しています。

 

マツモトノリヒト「liberatio」(2018, 5min.)

日本では当たり前だが欧米の人からみるとマナー違反といわれている、”蕎麦をすする行為”を撮影した。

映像の中で流れる音楽は、1968年のフランス5月革命の時に歌われたという『Ah!Le joli mois de mai à Paris』。

日本では加藤登紀子がカバーしており、現在、沖縄の辺野古における米軍基地建設反対運動でもこの曲の替え歌が歌われている。

音楽のリズムと、蕎麦をすする音を合わせて映像作品とした。

作品タイトルはラテン語で「自由」

コンセプトの外側で、蕎麦をすすり続ける。

マツモトノリヒト 京都府生まれ。2017年より作品制作を始める。

分かり合えない思想や価値観の相違を乗り越える方法に興味を持ち、作品を制作する。

思想や価値観のズレから生じる問題を、目に見える事象を用いて「代理」させ、日常生活に潜む空気感や摩擦を映像データから表出させる手法を研究している。

また、複数の時間の流れを一つの画面内に取り込み、過去と現在、未来のつながりを地層の積み上げのように表現する。

 

Yuri Hanasaki「Exile on Main St.〜遊行の生活〜」(2020, 1min.)

タイトルは、ローリング・ストーンズのアルバム、「メイン・ストリートのならず者」の原題からきています。

「遊行(ゆぎょう)」とは仏教用語で、僧侶が、修行や説法のために諸国をめぐり歩くことです。

遊行をする期間は、4つに分けられた人生の区切りの最後の4つ目、死の準備期間といわれています。

そんな時期でなくても、いつも遊行の精神を発揮し、街を歩き遊ぶ、遊行聖(ゆぎょうひじり)のような土谷さんに、かごをかぶって、コカ・コーラの空き瓶を吹いてもらいました。

Yuri Hanasaki 1991.11.22  静岡県富士市出身

2020.03 武蔵野美術大学博士後期課程満期退学

2019.09 「ひみつの庭 vol.4」 多摩川某所

2018.11「A HOROI」 東京 葛西 EFAG、2018.10「タクシーのりば」 群馬 前橋文化服装学院アートスペース

2018.06「魔界の牧場」 東京 三鷹ハンモックカフェ

 

西尾祐馬 「鬱勃たる健康」(2020, 2min37)

詩人で彫刻家の高村光太郎が大東亜戦争の開戦に際して作った詩「鬱勃たる健康」の朗読です。

西尾祐馬 彫刻家 兵庫県神戸市生まれ 沖縄県立芸術大学美術工芸学部彫刻専攻卒業 太平洋戦争末期に瞬間的に興った“セメント彫塑”と呼称される彫刻運動を現代に蘇生させようと しています。

 
 

小野田藍「陶製手榴弾でキャッチボール 」(2020, 2min12)

中身の入っていない本物の陶製手榴弾でキャッチボールをしています。プロ野球黎明期の伝説的 投手・沢村栄治は肩の強さを買われ、戦地では手榴弾を来る日も来る日も投げ続けました。そのせいで彼の肩は復員後、野球選手としては使い物にならなくなっていました。その後、二度目の召集で沢村は戦死します。 

小野田藍 1988 年群馬県前橋市生まれ。2014 年武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業。2020 年より 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程先端芸術表現専攻に在籍。2017 年より YouTube にて アート番組「Dadada!TV」を福西敏宏と共同で主宰。 

藤井光「Anatomy Classroom 解剖学教室 」

「解剖学教室」は、作家が取り組んできた、福島第一原発事故以降に「帰還困難区域」となった双葉町歴史民俗資料館から避難してきた収蔵品やオブジェクトをめぐるリサーチプロジェクトの一部である。ひとりの学芸員が20年をかけて、町民の暮らしや土地の長い歴史を示すものとして収集した収蔵品は、福島第一原子力発電所事故後、放射性物質やカビなどによる汚染を避けるため帰還困難区域にある資料館から今も避難したままとなっている。作家の藤井はこれらの歴史的資料の移動や変化を辿り続ける一方で、災害がもたらす文化と記憶の危機に関する議論の場を断続的に作り続けてきた。
映像は、パリ国立高等美術学校の解剖学教室で行われた議論が主軸となっている。空っぽの資料館を訪れた登壇者たちはその経験を反芻しながら、目の前の状況に何を見出していたのか、そして、この災害をいかに語りうるのかについて、互いに思索や疑問を投げかける。そして、ものの保存を含め、歴史に関わる実践を、過去の災害や、これから起こるであろう災害の諸問題につなげ、未来の不確かさに備えておくために記憶を留めておくことの重要さを語る。 

藤井光 1976年東京生まれ、同地在住。藤井は映像、インスタレーション、ワークショップやテキストなど複数のメディアを用い、芸術と社会的アクティビズムの関係性を探ってきた。作品の多くは、支配や搾取に関わる具体的な史実や社会的問題を出発点にリサーチやフィールドワークを行い、今日および歴史上の覇権、またそれを支える社会政治的システムを探求し、批評の可能性を探る。ウェブサイト:  https://www.hikarufujii.com/

 

福西敏宏 Toshihiro Fukunishi 「Spring Mokuba Festival 2020, ritual to ward off new corona virus」 

(2020, 3min.)

白川昌生の創り出した「驛家ノ木馬祭リ」は、2011年に始まり、来年で10周年を迎える。江戸から明治へと移り変わる前橋を舞台に、歴史上の人物たちと架空の主人公が対話しながら、困難な時代の中で文化や芸術がもつ力を象徴的に描いた物語の中の空想の祭りを現実化したものが、いつしかこの街に根づき始めている。今年5月、コロナ禍で緊急事態宣言の中にあっても、春の木馬祭りは行われた。その記録映像である。

福西敏宏 東京で学術書の編集者として20年ほど働いたのち、2008年の前橋への移住を機に、この街のアーティストの活動や街自体の変化について様々なメディアで記録を続けてきた。アーカイ部として小野田藍と「Dadada!TV」というアーティストへのインタビューシリーズを継続中。

 

白川昌生「戦争碑と高木仁三郎 」

戦争碑と作られた作品に関わる問題 原子力発電開発に反対していた高木仁三郎について作った作品​。

白川昌生 1948年福岡県生まれ。国立デュッセルドルフ美術大学卒業。83年より群馬県を拠点に、立体作品や絵画を制作する。これまで、県内の工場で製造されるインスタント食品を無人駅で食べるというゲリラ的パフォーマンス《無人駅での行為(群馬の食)》(2000)や、前橋市内で空想の祭りを考案、実施した《駅家の木馬》(2011)などの作品を発表。前橋映像祭2020実行委員長。