コロナ時代の美術館、芸術、そして未来

インタビュー:森美術館

       シニア・キュレーター 近藤健一さん

東京、六本木ヒルズ森タワーの53階に位置する森美術館は、国際的な現代アートを扱う美術館である。2003年の開館以来、世界の先鋭的なアートや建築、デザインなどを紹介する多彩なテーマの展覧会を独自の視点で企画、開催してきた。

今回インタビューを行ったのは、森美術館シニア・キュレーターを務める近藤健一さん。同館での企画・共同企画として「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」(2008)、「六本木クロッシング2010展」(2010)、「アラブ・エクスプレス展」(2012)、「カタストロフと美術のちから展」(2018)、「未来と芸術展」(2019)などが挙げられる。

昨年、「未来と芸術展」の会期中に世界を襲った新型コロナウイルス感染拡大。森美術館は臨時休館となり、展覧会が再開することは叶わなかった。今回のインタビューでは、森美術館がこの1年間どのような対策を取りつつ展覧会やイベントを開催してきたのか、美術館や展覧会にどのような変化が起きたのか、またコロナ以降の世界や芸術、美術館の在り方に対する想いを聞いた。

新型コロナウイルス感染拡大を受けて

■日本で新型コロナウイルスの感染者が初めて確認されたのは、1月中旬のことでした。近藤さんはいつ頃から感染拡大の影響を感じ始めたのでしょうか。

近藤健一(以下、近藤):日本全国でそうだったと思うのですが、2月の時点ではまだそこまで心配していなかったんですよね。2019年11月から2020年3月末の予定で、森美術館では「未来と芸術展」という展覧会を開催していました。2月末から感染拡大の影響を受けて臨時休館に入ったのですが、当初館内では「1週間後、2週間後には開けられるかもしれない」という議論が行われていました。しかし、その後感染拡大により本展覧会は再び開くことなく会期終了となってしまいました。

 

■臨時休館中も、比較的前向きにその後の対応が検討されていたということですね。

近藤:そうです。当時は感染状況がどう変化するか分からなかったため、あくまで臨時休館という形を取り、すぐにそのまま1ヶ月休館という判断には至りませんでした。

 

■昨年4月に発出された緊急事態宣言の影響はあったのでしょうか。

近藤:「未来と芸術展」の会期は3月末までだったため、直接緊急事態宣言の影響を受けたわけではありません。しかし、4月末から開催予定だった「STARS展」は緊急事態宣言を受けて開催延期となり、結果として7月31日に開幕しました。

 

■いつから「STARS展」を開幕するかという議論は、どのようにすすめられたのでしょうか。

近藤:7月からのスタートとなりましたが、実はそれまでに複数回開幕候補日程をずらしています。当館としてはもっと早く開幕したかったのですが、感染拡大が続きなかなかな難しい状況が続きました。感染状況を顧みつつ何度も調整を繰り返した結果、7月末からの開幕となりました。

 

■森美術館が休館している間、スタッフの皆さんの働き方に変化はあったのでしょうか。

近藤:3月末までは普通に出社していました。しかし、緊急事態宣言から1週間ほど早く森ビルから全社員リモートワークという指令が出たため、リモートワークへと切り替えました。

様々な制限の狭間で​

■コロナ禍において展覧会を開催する上で感じた懸念点、困りごとはありましたか。

近藤:最も大変だったことは、展覧会を構成するために世界中から借りてきている作品を返却することでした。私たちは展覧会を開催する際、「作品をいつまでに返却する」という契約書を個人や美術館と結んでいます。しかし、「未来と芸術展」の会期中に急遽全社員に在宅命令が下ってしまったため、展示室の中の作品を撤収して所蔵者に返却するという作業がほぼ出来なくなってしまいました。

 

しかし、なかには「この作品はすぐに別の展覧会で見せる必要があるため至急返却をお願いします」という要請もあります。どうしても返却しなければいけない作品だけは特別な許可を取って出社し、所蔵者に返却しました。

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エコ・ロジック・スタジオ 《H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン g》

2019年

展示風景:「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」森美術館(東京)、2019-2020年

撮影:木奥惠三

画像提供:森美術館

 

■海外から借りている作品もあったと思います。感染拡大により国境を跨いだ移動が難しくなり、国際便の数が大幅に減ったことで荷物に遅れが生じていたと思うのですが、返却の際にそういった影響も受けたのでしょうか。

近藤:おっしゃる通りです。実は「未来と芸術展」の作品撤収が本格的にできたのは、6月に入ってからでした。普通なら展示が終わったあと直ぐに撤収作業に入るのですが、この時は片付けることのできない作品が展示室の中に丸々2ヶ月残ったままという状況が続きました。これは非常に異例なことです。

 

ある作品は、「未来と芸術展」の後にヴェネチア・ビエンナーレの国際建築展で展示される予定でした。そのため、当初は森美術館からヴェネチアに直接送る約束でしたが、国際建築展が開幕延期になり、かつフライトも頻繁に飛んでいないという輸送制限が生じたため、なかなか返却できない状況が続きました。さらに、最終的には開幕が2021年に延期となったため、返却先がウィーンに変わりました。しかし、東京とウィーンの直行便がなく、経由便での返却となると輸送費が増額になってしまうこともあり、かなり長い間森美術館の収蔵庫で眠るというような事態も起きました。

​森美術館における新型コロナウイルス対策

■「STARS展」の開幕以降、入場制限やソーシャルディスタンスの確保など、具体的にどのようなコロナ対策をとられたのでしょうか。

近藤:「STARS」展では、密を作らずお客さまに安心してご来館いただけるよう、チケットを日時完全事前予約制にしました。しかし、蓋を開けてみると予約制にしてもキャパシティに余裕があることが分かったため、会期の途中から当日券も販売するようになりました。また、館内では2m間隔のソーシャルディスタンスの確保やマスクの着用、消毒の徹底を呼びかけました。これは今でも同様です。

■コロナ禍において来館者数に変化はありましたか。

近藤:感染が拡大すると来館者数が減るという比例はある程度はありました。しかし、そこまで分かりやすく増えたり減ったりはしていません。

■実際に取られた新型コロナウイルス対策を振り返って、評価や課題はありますか。

近藤:美術館ってコロナ目線でいうと比較的安全な場所なんですよね。実際クラスターも発生していません。印象派展など本当に人気でとても混雑するようなタイプの展覧会の場合は感染の不安があると思う方もいるかもしれませんが、現代美術の展覧会はそこまで混みませんし、対話せずに他の鑑賞者と常に2m以降の距離を保ちながら作品を鑑賞することが可能です。当館は人数制限をしたことにより、非常に感染リスクの低い安全な鑑賞環境を提供できていたと思っています。

オンラインプログラムの拡充

■企画内容の変更やオンライン化は行われましたか

近藤:森美術館には、多様な現代アートを紹介するシリーズ「MAMプロジェクト」があります。今回は最後の展示室にシオンという作家の作品が展示されていたのですが、3トン以上もある衣服を使用した大がかりなインスタレーション作品だったんですよね。本来は作家が来日してインスタレーションを完成させる予定だったのですが、渡航できなくなってしまったためZoomを使用し展示室をライブで見せながら展示作業を完成させました。

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シオン《審判の日》

2020年

展示風景:「MAMプロジェクト028:シオン」森美術館(東京)2020年

撮影:古川裕也

画像提供:森美術館

 

コロナ禍で最も影響を受けたのは、教育普及プログラムです。「STARS展」のラーニングでは、アーティストトークやレクチャーなど様々なイベントの対面開催を予定していました。しかし、基本的に人を集められなくなってしまったのでほぼオンライン開催となりました。

 

森美術館がこのコロナ禍のタイミングで立ち上げたのが、「MAMデジタル」というデジタルメディアを通して展開するプログラムです。例えば、現在は「STARS展」のアーティストトークが掲載されています。普通であればアーティストをお呼びしてライブ、つまり対面開催で1時間半ほどお話していただくのですが、今回はオンライン配信という形を取りました。これらのトークは全て藤井光さんに収録と編集をしていただき、英語の字幕をつけて配信しています。アーティストトークの作り方が大きく変化し、ラーニングのチームは突然テレビ番組を制作する人たちみたいになってしまいましたね。

■コロナ禍でも相互にコミュニケーションを取れるようなプログラムは実施されましたか。

近藤:昨年12月に、森美術館とヒュンダイ・テート・リサーチセンター・トランスナショナルの共催で「アレクサンドリアから東京まで:アート、植民地主義、そして絡み合う歴史」というシンポジウムを2日間かけて開催しました。YouTubeで同時通訳を入れてライブ配信を行い、オーディエンスからも質問をチャットで受け付け、答えるというような相互コミュニケーションの機会を持ちました。

 

■オンラインの利用者はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

近藤:森美術館はインバウンドのお客さまが3割程を占めています。「STARS展」ではオリンピックに合わせて海外から多くのお客さまが訪れることが期待されていたのですが、コロナ禍によって国内外共に移動が制限されてしまいました。そこで、たとえ直接当館に足を運ぶことができなくてもオンラインで楽しんでいただければと「MAMデジタル」を始めました。課金制のものもあるのですが、無料で楽しめるアート系オンライン・コンテンツがたくさんある中で、どのように課金制というシステムを根付かせることができるのか、これは新しい挑戦です。ちなみにオンライン配信による「STARS展」の村上隆さんのトークの視聴回数は7万回を超えています。

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齋藤精一+ライゾマティクス・アーキテクチャー

《パワー・オブ・スケール》

2018年

インスタレーション

展示風景:「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」森美術館、2018年

撮影:来田 猛

画像提供:森美術館

森美術館が向かう先に

■4月から「アナザーエナジー展」が開催される予定ですが、現在どのように準備を進められているのでしょうか。また、新たに取られる対策はありますか。

近藤:今回も「STARS展」と同じ感染対策をとります。ただ、今回の展覧会は海外の作家が沢山参加する予定で、残念ながら誰も来日できません。そこで、またZoom使用して作品の展示作業を行います。本当に世界各国に暮らす作家たちの作品を展示するため、時差の関係で結構大変な作業になるのではないかと予想しています。

■展覧会はどれくらい前に企画を立てているのでしょうか。今後、新型コロナウイルスの影響を受けた展覧会も検討されていますか。

近藤:基本的に2年先までは決めています。コロナ禍を経て決定された展覧会の中には、コロナ禍で我々が考えさせられたことが反映される形のものもありますし、私自身が近い将来に企画するものについてもコロナ禍を経た日本ということを意識して企画内容を検討しています。

■コロナ禍において、展覧会の作り方が大きく変わったのではないでしょうか。例えばこれまでキュレーターやアーティストは様々な展覧会を見に世界中を飛び回っていたイメージがありますが、今は動けない状態が続いていますよね。また、Zoomを利用した展示も実際に展示スペースにいる状態で行う展示作業とは大きく異なるように感じます。

近藤:おっしゃる通りです。常に世界中を飛び回っているわけではありませんが、作品を海外に見にいくことができないので鑑賞体験や知識の貯金がどんどん減っていくというか。将来の展覧会を企画するにあたり、自分の作品を見る経験や知識が増えていかないことはとても大きな問題ですね。また、作家が来日して展示することができないという状況には多くのアーティスト、美術館が困っていると思います。「ヨコハマトリエンナーレ2020」は作家、キュレーター共に来日せず開幕しましたが、全ての展覧会が同じように開催できるとは考えづらいです。

 

■レセプションやトークイベントが開催できない状況にありますが、プロモーション方法にも変化は生じているのではないでしょうか。

近藤:そうですね。例えばオンラインを使用したプレス向けツアーを行うと、リアルでは100人しか参加できなかったツアーに全国、また世界中から参加していただくことができます。これは人数に注目すると効率良く見えるのですが、実際に作品を見ずに記事を書いてもらうことは本当にいいことかという疑問が残りますよね…。

​コロナ時代の文化芸術

 

■オンラインを通した展覧会の鑑賞体験はどう捉えられているのでしょうか。

近藤:難しいと思いますし、絵画にしても映像にしてもオンラインで見ることは本当の鑑賞体験ではないとつくづく感じています。例えば巨大なマーク・ロスコの絵画をオンラインで見ても、あの規模感や崇高感を味わうのは無理ですよね。また、ビル・ヴィオラのインスタレーションの良さはあの巨大なスクリーンで包まれて見ないと全然伝わらないので、その辺がオンラインブームのキュレーターの悩みです。オンライン化について葛藤を感じているキュレーターは、私だけではないと思います。

 

少し森美術館から話が離れますが、最近国際交流基金から依頼を受けて共同キュレーションでオンライン展覧会を企画しました。他館のキュレーターと3人で企画したのですが、やはりオンラインで見せることが可能な作品は一体どんな作品なのだろうかという議論を何度も重ねました。ビル・ヴィオラのインスタレーションのようなタイプの作品はオンラインで見せても意味がないので。オンラインでの展覧会の難しさを実感しつつ、何度も議論を重ねて企画した展覧会です。

 

11 Stories on Distanced Relationships: Contemporary Art from Japan

距離をめぐる11の物語:日本の現代美術

https://11stories.jpf.go.jp

■今後、新型コロナウイルス感染拡大は芸術文化のあり方にどのような影響を与えるとお考えでしょうか。

近藤:現在、並行して2つの鑑賞体験が存在すると感じています。一つ目は、基本的にオンラインでは補えないリアルな鑑賞体験です。このリアルな展示は、今後もきちんと美術館がやっていくべきだと考えています。その一方で、オンラインでしか体験できない作品もあるということがだんだん分かってきました。先ほど紹介したオンライン展覧会の中に、小泉明郎さんの新作があります。この作品は音声ファイルをダウンロードし、小泉さんの指示に従って聞くと睡眠術にかかるかもしれないという作品なのですが、美術館のリアルな展示では絶対に実現できません。リアルな展示は今まで通り継続しつつ、今後はオンラインの可能性の探究がどんどん進んでいくのではないでしょうか。この二面性によって、芸術のあり方が今後変わっていくのではないかと感じています。

新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの美術館が異例の休館を経験し、再開以降も展覧会の会期変更や感染対策に追われるなど大きな影響を受けている。パンデミックによってコロナ以前の規模の観客を動員できず、経営面で厳しい状況に立たされている美術館も少なくない。また、様々な制限が設けられたことより、展覧会の作り方や作品そのものにも変化が生じている。

 

昨年以来、森美術館では感染対策や事前予約制、オンラインプログラムの導入を行い、コロナ禍における美術館のあり方を模索し続けている。展覧会の裏側で、実は何ヶ月も収蔵庫で眠っていた作品があったことや、展示作業をリモートで行っていたという話には驚かされた。イレギュラーな状況が続く中、テクノロジーなどを駆使し柔軟に変化に対応しながら展覧会作りが進められていることが分かる。また、日本の美術館では珍しい有料のオンラインプログラムからは、より幅広い層に向けた教育普及だけでなく、新たな収益へと繋がる可能性も感じられる。

 

現在、美術館は転換期に立たされているといえる。近藤さんが述べられた通り、美術館はこれまで担ってきた大切な役割であるリアルな展示を続けると共に、既存の美術館のあり方を見直し、オンラインだからこそ可能な展示や作品のあり方を探求、展開していく必要があるのではないだろうか。

文責:小田部恵流川

取材日:2021年4月1日(木)

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